2008年03月31日

早すぎる死 幼少期の度重なる旅行が原因?

モーツァルトは1791年、ウィーンでレクイエムの作曲中に35歳の若さで亡くなりました。

『皇帝ティートの慈悲』上演のためプラハに行った時にはすでに体調を崩し、薬を服用していたといいます。

症状としては全身の浮腫と高熱で、ウィーン市の公式記録では「急性粟粒疹熱」とされますが、実際の死因は「リューマチ熱」であったと考えられています。また、医者が死の直前に行った瀉血が症状を悪化させたとも言われています。

実際の死因がリューマチ熱、リューマチ性炎症熱であったということに関しては、幼少期の度重なる旅行が原因であったとする説も存在しています。

父レオポルトは息子が天才であることを見出し、幼少時からモーツァルトに音楽教育を与えました。そして、モーツァルト親子は何度もウィーン、パリ、ロンドン、およびイタリア各地に大旅行を行ったのです。それは、神童の演奏を披露する就職活動でもありました。

モーツァルトは旅行先で病に伏すことが少なくなかったそうです。これは当時の医療技術が未熟で幼児の死亡率が高かった事と、道路の舗装が不完全で馬車の振動が健康を脅かしていった事が背景にあります。

そして、モーツァルトは幼少期に罹患したリューマチに終生悩まされる事となるのです。

このリューマチを持病としたためにモーツァルトの体格は小柄になり、さらには直接の死因にまでなってしまった、とも考えられています。

天才であるがための早すぎる死。後世に残してくれたものが大きいだけに、心が痛む思いがします。


posted by suzusuzu at 14:17| Comment(0) | TrackBack(0) | モーツァルト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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